セカンドライフは、豊かな時間
2006年 07月 21日
セカンドライフやリタイアメントを、昔からの日本の言葉にすると「余生」となります。
余生というとあまった時間と考え、残り少ない時間のように思いがちですが、はたしてそうでしょうか。
私たちが働く期間(時間)は、一日8時間×年間250日×40年として8万時間となります。多く働く人で、1日10時間×年間300日×40年間としても12万時間です。
一方定年後、どの程度の時間となるでしょう。一日の中、睡眠時間・食事・入浴などの生活に不可欠な時間は、10時間程度でしょう。すると残りの時間、一日14時間は自由に使える時間となります。
一日14時間×365日×22年(60歳男性の平均余命)として11万時間あまりとなります。年金完全受給となる65歳まで働いたとしても、8万7千時間となります。
以上のように、セカンドライフは、私たちが長年働いてきた時間に匹敵する時間があるということです。その間には、多くの人とも知り合い、多くの経験や知識を得、沢山のやりがいのあるお仕事をやって来られたと思います。
セカンドライフの時間は、全く自由に自分の思い通りに使うことが出来るのです。
(次回には、この自由な時間をどのように使うかについて、考えてみたいと思います。)
余生というとあまった時間と考え、残り少ない時間のように思いがちですが、はたしてそうでしょうか。
私たちが働く期間(時間)は、一日8時間×年間250日×40年として8万時間となります。多く働く人で、1日10時間×年間300日×40年間としても12万時間です。
一方定年後、どの程度の時間となるでしょう。一日の中、睡眠時間・食事・入浴などの生活に不可欠な時間は、10時間程度でしょう。すると残りの時間、一日14時間は自由に使える時間となります。
一日14時間×365日×22年(60歳男性の平均余命)として11万時間あまりとなります。年金完全受給となる65歳まで働いたとしても、8万7千時間となります。
以上のように、セカンドライフは、私たちが長年働いてきた時間に匹敵する時間があるということです。その間には、多くの人とも知り合い、多くの経験や知識を得、沢山のやりがいのあるお仕事をやって来られたと思います。
セカンドライフの時間は、全く自由に自分の思い通りに使うことが出来るのです。
(次回には、この自由な時間をどのように使うかについて、考えてみたいと思います。)
by sumai-okane
| 2006-07-21 08:47
| 元気なシニアのコンサル日記